私がなんで「好きを選ぶのが当たり前になったのか」

阿佐谷マジョです。

 

先日のチャレンジで、物事を選択するときに「どっちを選ぶ自分が好きか?」でジャッジする、というのがありました。
 
やってみて、私はいつも好きな方を選んでいるのだと気づいたわけです。
もう少し詳しく言うと、「好きな方じゃない!」と頭で思っていてもそれは自分で選んでいることだから、言い換えれば好きなことと言える。ということです。
 
不思議なのは、それが”当たり前”になっていたことです。
 
以前はそんな事なかったと思うんだけど、いつから当たり前になったんだろう?って考えてて、ふと思い出しました。
 
好きなことやっていたい
好きなことをやるのに忙しくて
好きなこと以外やる時間がないといっていたい
 
ヒプノセラピーとの出会い
数年前、苦しくて苦しくてどうにかしなくては!と、色々調べていたときに、ヒプノセラピーと出会いました。受けた講座は、厳密には潜在意識マスター講座というものです。
 
 
具体的には意識無意識の原理を学び、暗示療法(ヒプノセラピー)で自身を癒やしていくものでした。暗示療法をセルフでできるようになりました。人にもやったけどw
 
 
潜在意識は善悪の判断はしない
私がそこで一番衝撃だったのは、潜在意識は善悪の判断はしないということ。ではどんな判断をするのか?それは、快不快や好きか嫌いかなど感覚的なもの。
 
善悪や正しいか間違いかなどを判断するのは、顕在意識です。
もちろん頭で考えることも大切です。
どちらも大切なのです。
ですが、自信をつけ、自分に納得する状態を作るためにマインドを整えるには、心が満たされてる、体が健康な状態も必要です。
そのため自分が何を心地よく思い、好きなのかを知っておくと良いということですね♪
 
 
自分の”心地よい”を探していった
潜在意識が、快不快で判断するということで、心地よいと思うものでジャッジする癖をつける練習をしました。最初は意識的に。何を買うにも、何を食べるにも、誰と会うにも・・・一度考えます。
 
そのうち頭で考えて心で決めるより、身体の反応を感じるようになりました。違和感あるな…もやもやするな…てな具合に。これが、好きな方を選んでいることと同じなのかなと思います。
 
 
結局好きなことやっている
冒頭でも話しましたが、現実にどう出ていようと(望むものと違ったり嫌な気分になることも)全て自分が選んでいることなのだとすれば、私たちは結局好きなことしかやっていないのだと思ったんです。
 
嫌な選択しちゃって嫌なことが起きて
くっそう!!笑い泣き
となったとしても、
(またこの選択しちゃった、いっけね)とか
(この選択しがちだな・・・何が要因だろう?)とか考えられるようになるわけです。
感情はなにを感じてもOKだしね!
 
この思考になれるまでにはちょっと時間がかかりましたし、今だって納得いかないこともありますが、概ねこのように考えております。
 
 
習慣になった今

無理をしなくなりました。

無理をするときは「無理を選んでいる」意識を持つようになりました。

心地よいと思わない人や場所には関わらないようになりました。

※波長が合わない時というのはよくあることです。合わないから縁を切るというよりも、今は会わないでおこう位の気持ちでいいと思います。

とはいえ、まだ気を付けないと自分を二の次にしがちなので、ストレスケア・セルフラブワークは意識するようにしています。

 

 

そいういうわけで、私がなんで「好きを選ぶのが当たり前になったのか」というお話でした。参考になれば幸いです♪

 

 

 

阿佐谷マジョ合格

 

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次