自分を知りたいなら、他人から教えてもらうのが一番。

人のふり見て我がふりなおせ

という諺があります。

 

例)

タバコのポイ捨てをしている人がいる

よくないなぁ・・・よし私も気をつけよう

 

でももうちょっと、深く「人のふり」を使えたら

 

「人のふり=他人」自分を知るヒントを与えてくれます

むしろヒントというより答えと言ってもいいくらい。

 

私は、実は群れるのが苦手です。

一人行動が好きで、夫でさえずっといると息苦しくなります。

#自分と完全に向き合う時間が必要ってことなんだけど

 

でも、他人がいたから、私は成長することができたと、最近特に思うんです。

 

毎日会う上司も

一瞬だけ出会うどこかのお店の店員さんも

思い出す過去のあの人も

映画の中の彼らの言葉も

ネットでつぶやいている人の言葉にも・・・

 

それは、自分にとって心地の良い話ばかりではなくて、居心地が悪かったり、傷ついたりすることでさえも、です。

 

例えば、傷つくような言葉や、態度を取られたとき。

 

単純に、先述の諺を使えば、(自分も同じように人にいっていないかな?気をつけよう)となりますが、私はそれだけではなく、(なぜ私はこういう言葉や、態度を嫌と思うのだろう。過去にも同じようなことがあったのではないか。)と深く自分を振り返ります。

 

 

私たちは、自分の過去の経験によって、自分に決めてることがたくさんあります。

 

例)

デブ!

 

と言われて傷ついたとき。

なにくそ!とダイエットできる人もいえば、

それでもダイエットが続かない人もいる。

 

続かない人の潜在意識には、過去の経験が”太っていること”を選ぶ要素が入っていることがあります。

 

痩せていた時に、嫌な思いをしたとか

コロコロだった幼いころに可愛いねといわれたとか

痩せてるとき男性からの怖い体験をしたとか

 

私は、自分の中にどんなものがあっても、それは決して嫌うものではなくて、自分で自分を守ろうとした結果なのではないかと思っているんです。

 

~私のことですが~

私が10歳の頃に母親が突然家を出て行ってしまいました。

父と二人、生活もままならず、母方の祖母の家に引き取られました。

父とも別居、母とも会えません。

 

それまでの私は、おとなしく正義感が強く、芯のある子で、わがままで・・・それは母親がいたから、安心していてできたこと。ありのままの自分です。

 

祖母に引き取られてからの私は、自分を守るために、ひょうきんになることを身に着けました。

 

変な顔をしてみたり、人を驚かせてみたり、人の気を引いて、祖母には父母のことを悪くいわれたくなくて、いい子でいなければと。

 

それが、幼心に自分で身に着けた、自分を守る術だったんです。

 

ところが、大人になり、もうその必要もないのに、自分を犠牲にして人を笑わせたり、いい人でいなければ嫌われるという無意識がずっと働いています。今も、残ってます。当然、これは私にとってのスキルでもあるので、うまく使えばとても良いものです♪ただ、こういうクセが過剰に出て、自分を傷つけることもあるんです。

 

そして、私にこういうクセがあると気づくには、他人が必要でした。

 

今でも、嫌味を言われたり、横柄な態度を取られるとムカつきます。

「なんなの!!」ってキーキーいいます(笑)

ですが、あとでちゃんと振り返ることにしています。

そうやっていくと、嫌いな人も好きにはなれなくても(笑)、自分にとって必要な人だったんだなと思えるのです。

そして、その人から卒業します。

 

私にとって、この人は、あの人はどういうことを気づかせてくれたのか。

単純に「この人のこれ、いいな♪」と思うことも含めて、

今後、このブログで、日々出会う人のことをつづっていこうと思います。

 

あなたが、あなたを知るために、他人から何を学ぶのか。

参考にしてもらえたらうれしいな。

 

そんなこと考えてもいなかったのんきな20代。w

 

阿佐谷マジョ

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次