音楽療法を受けて気づいた母の愛

阿佐谷マジョです。

 
今日は、日本メンタルヘルス協会の講座で、「音楽療法」をやってきました。
 
はじめは、音楽療法の仕組みなどを学び、後半はワーク。1つ目のワークは、7曲の音源を聴き、それぞれどんなイメージが浮かんだか、受け取り方を観察しました。1曲1曲に意味があり、自分の今の状態を観察できるようになっています。
 
2個目はペアワーク。
途中から目を瞑り、イメージで5歳の頃に還ります。先生の誘導で、その頃の父と母を思い返します。
 
だけども。
父の記憶が殆ど出てきません。
仕事で忙しくて、日常の記憶は薄かったのかもしれません。
 
母を思い返します。
苦しそうな、眉間にシワを寄せた顔が浮かびます。
 
先生「手の温もりを覚えてますか?」
私は覚えていません。
先生「背中に抱きつきたかったでしょうか」
うっすら料理してる背中が浮かぶような…
 
先生の誘導を聞きますが、ほとんど思い出せません。
 
(ああ、きっと、この頃からお母さんは私と距離を置いていたんだな…)
 
数年後、育児ノイローゼで家を出た母。
 
私は母のことを守れなかった罪悪感と共にずっと「自分勝手に」出ていった!私を置いていった!と思っていました。
 
でも…
 
私が5歳の頃の母は、今の私より5歳も年下です。ましてや、もともとメンタルの弱っていた母が、私のような「人を見透かす」目をした娘を持って、耐えられたのか?まだ若い女性が、そんな大人になれたのか?
 
ましてや、母の母(私の祖母)は厳しい人でした。そんな自分の幼少時代とは違う子育てをして、優しい母親になりたいって思ってた母でしたが、私の幼稚園時期の反抗期に私を叱り飛ばす度に、きっと自分を責めたと思います。
 
だって、私は苦しそうな母を見ていたけど、怖い母は記憶にないから。我慢してたんじゃないかな。それで心が壊れていったのかもしれない。
 
そして、母は「自分勝手に」出ていったのではなく、「私のために」出ていったのかもしれない。(もちろん自分のためもあるでしょうけど)愛してるからこそ、私を守るためにも距離を置いたのかもしれないって思ったんです。
 
だって、私のことが大切でなければきっとそこまで悩まなかったかもしれないし、自分を責めなかったと思うから。
 
その5歳の頃の母のイメージと別れる時、先生が「お母さんが何かを伝えてます。何を言っていますか?」といいました。
 
私には「もっと母親らしくしたかった。もっと、一緒に居たかった。」と聞こえました。
 
イメージの中で私は、あの頃の母を、5歳の私ではなくて、今の私として抱きしめました。
 
(辛かったね。苦しかったね。大丈夫だよ。お母さんと私はずっと親子だからね。)っていいながら。
 
最後は、自分の体を両手で包み込み、両親と3人で抱き合ってるイメージをします。
 
「3人とも色々あったけど、よく頑張った!」
 
って、掛け声かけました(笑)
 
インナーチャイルドがいるとしたら、それは他人には癒せません。真に癒せるのは自分自身なのだなと思います。
 
今日の気付きは私にはかなり大きなことです。
こんな風に思えるときがくるなんて!
 
この、イメージに正解はありません。
母に聞いて答えあわせするようなものでもありません。
 
自分の中で癒やすことが出来たので本当に良かったです。
 
真っ暗な教室で、みんなの鼻をすする音だけが響き、なんとも言えない温かい空気が充満していました。
 
音楽療法は、私にピッタリ!
機会があれば受けてみることをオススメします♪私も音楽療法やれるよーになろうかな!
 
 
最後に「人を見透かす目の私」
古いプリント写真だから仕方ないけど、目が宇宙人に観えるぜ…宇宙人
 

 
 
では!
 
阿佐谷マジョ合格
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